2009年05月31日

SCREAMING TREES「BUZZ FACTORY」

SCREAMING TREES「BUZZ FACTORY」

SCREAMING TREES「BUZZ FACTORY」(1989)

アメリカのアンダーグラウンド・シーンがメジャーに展開される以前の80年代後半。その頃が本当に面白かったのは、まだレッテルが貼られていなかったからだろうと思う。
まあ、ハードコアはしっかりとハードコアの流れを作っていたかも知れなかったけど、なんというかまだまだ混沌としていた。
パンク、ハードコア、ノイズ、その他わけのわからん音がひとバンドひとジャンルぐらいの感じで渦巻いていた。ソニック・ユースもバッド・ブレインズもフガジもプッシー・ガロアもハスカー・ドゥもダイナソーJR.も全然違うバンドで、本来は括りようがなかったはずだ。

スクリーミング・トゥリーズもそういうバンドだった。そういうジャンル分けが不能なバンドを多数抱えていたSSTから作品をリリースしていた。
パンクといえば確かにパンクをベースにしているのだろうけど、アメリカン・ルーツ・ミュージックや古典的なロックの要素の滲んでいる。その辺がパンクというものがスタイルとしてあっという間に流布したイギリスのバンドとは違う。
普通にやって他にはないバンドになってしまう、そういう時期だったのだろう。

そしてグランジの時代となって、彼らもメジャー・デビューしてグランジ風も音に移行する。
それはそれでカッコよかったけどね。

その他無人島に持って行きたい作品
SCREAMING TREES「CLAIRVOYANCE」(1986)
SCREAMING TREES「UNCLE ANESTHESIA」(1991)
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2009年05月24日

三上寛「BANG!」

三上寛「BANG!」

三上寛「BANG!」(1972)

ジャンルに収まらない人とか、ジャンルを越えた才能とか、そういう言い方をよくするけど、そんな才能を持った人は稀有である。大概はすっぽりとジャンルなりカテゴリーなりに収まってしまう。
少しばかりそんな匂いを感じさせる人がいたとしても、実際には少しばかり手先が器用だというレベルだ。
敢えて言うなら、阿久悠氏ぐらいだろうか。あんなに幅広い領域をカバーした人は他にない。

三上寛は、やれ演歌だやれフォークだに始まり、ここ10年以上は灰野敬二やJOJO広重などまでと絡んだりしていて、正にジャンルを越えた存在だと言える。
しかし三上寛の凄いところは小器用に幅広く活動しているのではなく、一貫して不動に変わらない核を持って活動し、どこと交わっても変わらないところだ。

この傑作アルバムもジャズの山下トリオとやっている。音の方は相当にキレているが、三上寛は何ひとつ変わらない。
タイトル曲の叫びは本当に底知れぬものを感じさせてくれる。

その他無人島に持って行きたい作品
三上寛「ひらく夢などあるじゃなし」(1972)
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2009年05月17日

BIKINI KILL「PUSSY WHIPPED」

BIKINI KILL「PUSSY WHIPPED」

BIKINI KILL「PUSSY WHIPPED」(1994)

ライオット・ガールというムーブメントというのかな、が90年代にあったけど、あんまりピンと来なかった。
元々が女性ミュージシャン、女性バンドが大好きで、これはもう本能のようなものであって、あまり自分の中に理屈はない。
確かに90年代に入って、主にアンダーグラウンド・シーンから女性のバンドが力強く台頭してきたと思う。それをひとまとめにして語るのもそれは語る者の自由だけど、僕には極自然なことに思えた。特にとりたてて大騒ぎするものではない。
それにね「ライオット・ガール」というのは少しカッコの悪い言葉に思えたのだ。

ビキニ・キルはそのムーブメントの中心であったと思うけど、それはともかく、かなりカッコいいバンドであった。
パンクをベースにした荒れた音だったけど、なんというか、80年代の日本にインディーズのようないい意味での手作り感があった。それが作り付けの「バンド」の音でなくて、楽器を持った衝動そのままの音という感じでよかった。
この感覚が「ライオット・ガール」であるならば、それはとってもいいものであった。

いいバンドは枠にはまらないものじゃないかなと思う。
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2009年05月10日

ULTRAVOX「HA!-HA!-HA!」

ULTRAVOX「HA!-HA!-HA!」

ULTRAVOX「HA!-HA!-HA!」(1977)

ウルトラヴォックスっていえば最初の3枚。つまり、ジョン・フォックス在籍時でしょう。
売れたのはミッジ・ユーロの頃かも知れないけどね。

ファーストのまだどことなくまとまりのない感じと「SYSTEMS OF ROMANCE」の少し洗練されてしまった感じの間に位置するセカンド・アルバム、これが完璧なのだ。
なんとなくテクノとかエレポップとかいう言葉で語られることも多いし、キーボードの入り具合や曲調にテクノ風なところがあったりするし、後年の印象から言えばエレポップ・バンドだろう。
また、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックからの影響も指摘される。確かに「The Man Who Dies Every Day」なんかはいかにもボウイがやりそうな意匠の曲かも知れない。
しかし、そういうことではない。そういう表面的なことではない。

このセカンド・アルバムが完璧なのは、完全にパンクであるからという一点に尽きる。パンクというものに意識的な人間であれば異論はないだろう。
一曲目のイントロの電子音に導かれていきなり炸裂する音のスピード感が半端じゃない。ジョン・フォックスのボーカルも熱い熱い。ギターの歪み方も凄まじい。
この熱量と勢いがそのままパンクだ。
何より、パンクが最も幸せだった時代の盲目的とも言える確信を感じる。

どうしてこんな音が出せたのだ。
時代の成せる技か、バンドの勢いと才能か、多分両方だろう。

CDではとびきりパンキッシュな「Young Servage」がボーナス・トラックで入っているので、そちらで是非。

その他無人島に持って行きたい作品
ULTRAVOX「ULTRAVOX!」(1977)
ULTRAVOX「SYSTEMS OF ROMANCE」(1978)
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2009年05月06日

スターリン「行方不明 −LIVE TO BE STALIN−」

スターリン「行方不明 −LIVE TO BE STALIN−」

スターリン「行方不明 −LIVE TO BE STALIN−」(1991)

スターリンというのは、それを経験した者にはとても重要なものだった。他のバンドとは全く違う存在だった。
なので、簡単に「スターリン」を名乗ることは、THEがとれたという詭弁はあったかも知れないが、たとえミチロウ本人であってもおいそれと認められるものではなかった。
再びスターリンというバンドが始まることになった時、淡い期待と警戒があった。かつてのスターリンを求める気持ちとそうはならないだろうという諦めだった。
そして期待は果たされず、警戒は現実となった。

ミチロウにとってもスターリンは重いものだったろう。
スターリン解散後の様々な試み、しかしそれはスターリンを越えるものではなかった。ミチロウがいかに理論武装してもその事実は明確だった。
結局、バンドをやるならスターリンという名前しかないということを悟ったのかも知れない。
ミチロウはスターリンを再び名乗った。

しかし、この時期の「スターリン」は一体なんだったんだろう。
アルバムは全て聴いていた。
いい曲もあった。なんのためにあるのかわからない曲も多かった。
今思い返して総じて言うと、意味がよくわからない。

ひょっとしたら、ミチロウは本気でかつてのスターリンをやろうとしていたのかも知れない。
それができなかっただけか。
別の方法論でかつてのスターリンを越えようとしていたのかも知れない。
それも叶えられなかった。

このライブ盤、これはいい。「水銀」で始まり「虫」で終わる音の塊。
様々な思いや思惑、企みや期待を超えたところで、音が咆哮している。
この純度さえあれば、それでよかったのかも知れない。
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2009年05月05日

LIVE SKULL「DUSTED」

LIVE SKULL「DUSTED」

LIVE SKULL「DUSTED」(1987)

オルタナティヴという言葉で括るのは便利だが、そもそも言葉の定義がとても曖昧だ。括られる当人達にしてみると随分と違和感があるものらしい。
まあ、それは何時のどの場合でも同じようなもので、サイケでもグラムでもパンクでもハードコアでも括られる人たちは同じことを言う。
まあ、でも便利なんだよ、言葉で括るのは。
同じ感性を持つ人にはちゃんと通じるし、そもそも言葉はそうやって手続きを省いてきたわけだし。

話がだいぶ逸れた。
ともかくオルタナというものを紐解く時に、このバンドのことがあまりにも軽視されてないかと思う。
80年代にUSのアンダーグラウンド・シーンを掘った時、ソニック・ユース、スワンズ、ビッグ・ブラックと並んで出てきた名前である。
レコードもたくさん出していて、どれもなかなかよい出来だった。
まだまだ極端に走っているバンドが多い中で、比較的しっかりとした音を出していて、ある意味聴きやすかった。実はそういう音がその後の主流になるのだけど。

しかし、時代は彼らに味方しなかったな。
乗ろうと思えば波に乗れたはず。でも彼らは日陰の花で終わった。
でもこんなバンドがあったことを誰かが記録しておくべきでないかと思う。

その他無人島に持って行きたい作品
LIVE SKULL「CLOUD ONE」(1986)
LIVE SKULL「SNUFFER」(1988)
LIVE SKULL「POSITRACTION」(1989)
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2009年05月03日

STONE ROSES「SECOND COMING」

STONE ROSES「SECOND COMING」

STONE ROSES「SECOND COMING」(1994)

ファーストが出て、そこから5年待たされた。
当時は随分待たされた感じがあって、そういう風に言われていたが、ファーストの後もシングルを出したりもしていたので、実質は4年ぐらいだろう。
今ならつべこべ言われないタームである。音楽シーンはだらけてきているのだと思う。
昔なら2年活動しなかったら解散扱い、次に何かやる時は「再結成」「復活」扱いであった。
少し話が逸れた。

その長い待機期間の間にいろいろな噂が流れた。そのひとつがツェッペリンのようなギターがフィーチャーされているというものだった。
ツェッペリンかどうかはともかく、ファーストよりも明確で力強いギターが鳴っている。そういう部分では明らかにファーストより好みの音になっていた。
ファーストの持っていた何か新しいものが生まれてくる時の闇雲な肯定性は少し減退したけど、音は逞しくなった感じがした。

しかし、本来は結局は気持ちのいい音とグルーブに向かっているだけである。ギターもそのパーツのひとつに過ぎない。
ファースト後に出したシングルのクールなファンクネスもハードでうねるようなギターもひとつのゴールに向かっている。
そこに向かって大きくグレードアップされた音、それがこのセカンドかな。

その他無人島に持って行きたい作品
STONE ROSES「THE STONE ROSES」(1989)
posted by はせお at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 無人島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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