2009年07月06日

DIE HAUT「HEAD ON」

DIE HAUT「HEAD ON」

DIE HAUT「HEAD ON」(1992)

最初に耳にした時、このバンドの詳細は知らなかった。今もよく知らない。名前からしてドイツのバンドなのかな。それも定かではない。
最初はゲストで参加しているメンバーに惹かれたのだ。リディア・ランチ、アラン・ヴェガ、ブリクサ・バルゲート、キム・ゴードン、何故かデボラ・ハリーやアニタ・レーンまで。
これは買わねばと思ったのだ。当然でしょ。

ジャケットで居並ぶ、スーツ姿の4人はチンピラというよりマフィア然とした佇まい。グランジ旋風の頃、あまりに時代にそぐわない風情だ。
しかし、音の方は違った。
下手なグランジなバンドなど問題にならないぐらいハードでカッコいい。そしてその風情通りにクールである。
クール・グランジと呼びたい大人の音である。

このアルバムに対応したライブ盤「SWEAT」もお勧め。こちらにはさらにニック・ケイヴが参加している。
アンダーグラウンドの星たちに愛されたバンドである。

その他無人島に持って行きたい作品
DIE HAUT「SWEAT」(1993)
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2009年07月05日

GORE GORE GIRLS「UP ALL NIGHT」

GORE GORE GIRLS「UP ALL NIGHT」

GORE GORE GIRLS「UP ALL NIGHT」(2002)

デトロイトの女性3人組のガレージ・バンド。バンド名の響きが好き。
音はガリガリのガレージだけど、なんというかフットワークが軽い。
色々な音楽スタイルのエッセンスを取り込んでいて、雑食性の高い音で、サクサクと聴ける。
いい意味でアメリカのバンドらしく、少しばかりいい加減なところがいい。

重たくなり過ぎて胃もたれがするような音を聴いた後にはぴったり。
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2009年06月29日

HIGH RISE「DUROPHET」

HIGH RISE「DUROPHET」

HIGH RISE「DUROPHET」(1999)

日本が世界に誇るべき轟音ハード・サイケデリック・バンドである。
このバンドの名前を知らない奴はモグリだ。
このバンドのレコードやCDを聴いたことがない奴は世間知らずのロック知らずだ。
そして、このバンドのライブを体験したことのない奴は不幸である。
もしロックが好きなのであれば、世界一の不幸者である。

耳を劈き、体を揺さぶり、内臓を抉るような轟音。下手に小さいライブハウスでスピーカーの前に位置してしまったりしたら、その後3日間は難聴確実だ。
その轟音の中に極上のリフが響き渡る。
ロックというものはこういうものだ。そういう身が溶けるような快楽がハイ・ライズのライブにはあった。

不幸な者にも手は差し伸べられる。
あの奇跡を疑似体験したければ、明大前のモダ〜ン・ミュージックに行ってみることだ。
いろいろあるはずだ。
いろいろあるけど、彼らが何枚か出しているライブ盤ではこれを推しておく。多分フランス盤。
これを大音量で聴けば、少しはあの感じを味わうことができる。

その他無人島に持って行きたい作品
HIGH RISE「PSYCHEDELIC SPEED FREAKS」(1985)
HIGH RISE「HIGH RISEU」(1987)
HIGH RISE「DISPERSION」(1992)
HIGH RISE「LIVE」(1994)
HIGH RISE「DISALLOW」(1996)
HIGH RISE「DESPERADO」(1998)
HIGH RISE「PSYCHOBOMB」(2001)
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2009年06月27日

STEVIE SALAS COLORCODE「STEVIE SALAS COLORCODE」

STEVIE SALAS COLORCODE「STEVIE SALAS COLORCODE」

STEVIE SALAS COLORCODE「STEVIE SALAS COLORCODE」(1989)

ミクスチャーみたいのが流行っていて、そういう音は随分聴いたのだけど、思えば何がミクスチャーだかはっきりしなかった。
フィッシュボーンもレッチリもそう呼ばれていたし、リンボー・マニアックスやスキャッターブレインもリヴィング・カラーもフェイス・ノー・モアそう呼ばれていた。
しまいにはレニクラやこのスティーヴィー・サラスもその範疇だったような気がする。
いい加減なものだ。

とにかくその頃は色々な音を聴いてやろうという意気込みもあって、とりあえず手当たり次第聴いた。
自分の音楽的な幅を広げようとしていたのだと思う。
それが面白くもあった。

でも、スティーヴィー・サラスは少し違ったな。
ファンキーなハードロックという文脈は自分にとってはさほど目新しいものではなかった。新しい音楽との出会いではなく、やっぱりエアロスミスを聴きまくっていた身にしてみれば普通に体に馴染んだ。
リヴィング・カラーとスティーヴィー・サラスは黒人側からの白人の音楽(ハードロック)への見事なアプローチだった。
何が何やらのミクスチャーの中では際立ってしっかりした音だった。

ずいぶん経ってから2回ほどフジロックでスティーヴィー・サラスを見た。
思っていたのよりずっと細かい芸のテクニシャンだったね。
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2009年06月21日

COCKNEY REJESTS「GREATEST HITS VOL.2」

cockneyrejects.jpg

COCKNEY REJESTS「GREATEST HITS VOL.2」(1980)

Oiのエッセンスを作ったのはシャム69で、それを形にしたのはエンジェリック・アップスターツかも知れない。
しかし、明確なスタイルにしたのはコックニー・リジェクツである。
なんといっても「Oi Oi Oi」で曲名にOiという言葉を最初に使ったのは彼らだからね。
その「Oi Oi Oi」収録のセカンド・アルバム。こんなタイトルだけど、ベスト盤ではありません。ちなみにファーストは「VOL.1」である。

Oiはみんな同じような曲で一本調子なのでアルバムと通して聴くのはつらいという意見がある。何を言っているのだ、パンクとはそういうものだ。そんなことを言ったらラモーンズは聴けないではないか。
まあ、百歩譲ってそういう傾向があるとしても、このアルバムは大丈夫。曲は微妙にバラエティに富んでいるし、以外と小技が効いている。特にギターとドラム。単調で飽きるということは全くない。

「Oiはパンクではない、ハードロックだ」という名言を吐いた友人がいたが、確かにOiはハードなロックだ。チャラチャラしたところがなく力強いロック。
このアルバムを聴く度になるほどなぁと思う。

その他無人島に持って行きたい作品
COCKNEY REJESTS「GREATEST HITS VOL.1」(1980
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2009年06月15日

HOT SNAKE「AUTOMATIC MIDNIGHT」

HOT SNAKE「AUTOMATIC MIDNIGHT」

HOT SNAKE「AUTOMATIC MIDNIGHT」(2000)

とにかく90年代のスピードは働き者だった。
ロケット・フロム・ザ・クリプトはメジャー・デビューし、飛ばして活動していたし、ドライヴ・ライク・ジェイフューもやっていた。
さらにこのホット・スネイクも始めてしまった。まあ、こっちはメンバー的にはドライヴ・ライク・ジェイフューの代わりだったのかも知れないけど。

そしてさらに恐ろしいことに、出すものすべて素晴らしかった。これだけ打率が高いのには恐れ入る。
このホット・スネイクのファースト・アルバムもものすごくカッコいいのだ。
やっぱり、ガレージやらパンクやらロックンロールやら滋養の高い音楽を吸収した音楽的基礎体力が違うのだろう。
それを人はセンスと呼ぶ。どんな形でアウトプットしても間違いない音になるのだ。

音の傾向はドライヴ・ライク。ジェイフューに近い。
グランジ風の荒れ方と性急なスピード感で駆け抜ける。この圧倒感は素晴らしい。
これはやっぱり基礎体力の違いとしか言いようがない。
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2009年06月14日

西城秀樹「HISTORY OF HIDEKI SAIJO VOL.1 BEST OF BEST」

西城秀樹「HISTORY OF HIDEKI SAIJO VOL.1 BEST OF BEST」

西城秀樹「HISTORY OF HIDEKI SAIJO VOL.1 BEST OF BEST」(1993)

70年代の女子を熱狂させたヒデキである。ちびまる子ちゃんのお姉さんさんだって夢中だったのだ(ちなみにまるちゃんと僕は同じ年である)。
僕は女子ではないけれど、小学生の頃から普通にそこにあるものとして聴いてきた。ベストに入っている曲で知らないものはない。
しかし、やっぱり初期の方が馴染みがある。80年代以降はあまりちゃんとは接してはいない。
歌謡曲に関してはそういうパターンが多い。

なので、2よりは1である。
これは某社を辞めた時に僕が師匠と思っている人がセレクトしてくれた送別の品なのだ。
それにしても熱い、ですな。
「情熱の嵐」あたりなら「君が望むなら」の後には「ヒデキ!」と合いの手を入れずにはいられないし、燃える男のファンクナンバー「激しい恋」は今聴くとぶったまげるようなイントロだし、「傷らだらけのローラ」の絶叫はほとんどマジだ。
「炎」なんて曲名からは想像できないクールな雰囲気の曲も後半はぶっちぎりのシャウトでよろしく!である。
この人は元々ロック志向が強くて、ライブでは相当に熱いロッカーだったのだけど、その辺が各曲に滲み出てますね。

惜しむらくはこのベスト、「チャンスは一度」が入っていてくれれば完璧だったな。

その他無人島に持って行きたい作品
西城秀樹「HISTORY OF HIDEKI SAIJO VOL.2 BEST OF BEST」(1993)
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2009年06月07日

QUEENADREENA 「DRINK ME」

QUEENADREENA 「DRINK ME」

QUEENADREENA 「DRINK ME」(2001)

とにかく好きなのである、クイーンアドリーナ。

一時はバンド活動停止という噂まであったが、2008年には来日してくれたのだ。
最初にケイティが出てきた瞬間には息が止まるかと思った。絶対に見ることができないと思ったものが目の前にあって、期待していた以上のものとしてそこにあった。
何でも手に入り、どんなバンドでも見ることができる時代で、これほどの「本物を見る感動」を味わうことができるのは稀なことだ。
そしてそれはDVDで食い入るように見たパフォーマンスそのものだった。

2008年には新譜も出してくれて、その後に再来日までしてくれて、まったくイヤー・オブ・クイーンアドリーナだった。

さて、これはセカンド・アルバム。
この病的に歪んだジャケ写がとてつもない。ここまで自己表現をするのものか。
内容の方も凄まじい。クイーンアドリーナ史上最も荒れ狂った絶叫と消え入りそうなつぶやきの乱反射である。
一曲目「Pretty Like Drugs」はライブでも必ず盛り上がるキラー・チューン。21世紀最絶頂のカッコいいリフと極限の絶叫の曲だと思うよ。

しかし、どうにもなかなか手に入らない一枚なのだ。
偶然にも見かけることがあったら買っておくことを勧める。

その他無人島に持って行きたい作品
QUEENADREENA 「THE BUTCHER AND THE BUTTERFLY」(2005)
QUEENADREENA 「LIVE AT THE ICA」(2005)
QUEENADREENA 「LIVE」(DVD)(2006)
QUEENADREENA 「DJIN」(2008)
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2009年05月31日

SCREAMING TREES「BUZZ FACTORY」

SCREAMING TREES「BUZZ FACTORY」

SCREAMING TREES「BUZZ FACTORY」(1989)

アメリカのアンダーグラウンド・シーンがメジャーに展開される以前の80年代後半。その頃が本当に面白かったのは、まだレッテルが貼られていなかったからだろうと思う。
まあ、ハードコアはしっかりとハードコアの流れを作っていたかも知れなかったけど、なんというかまだまだ混沌としていた。
パンク、ハードコア、ノイズ、その他わけのわからん音がひとバンドひとジャンルぐらいの感じで渦巻いていた。ソニック・ユースもバッド・ブレインズもフガジもプッシー・ガロアもハスカー・ドゥもダイナソーJR.も全然違うバンドで、本来は括りようがなかったはずだ。

スクリーミング・トゥリーズもそういうバンドだった。そういうジャンル分けが不能なバンドを多数抱えていたSSTから作品をリリースしていた。
パンクといえば確かにパンクをベースにしているのだろうけど、アメリカン・ルーツ・ミュージックや古典的なロックの要素の滲んでいる。その辺がパンクというものがスタイルとしてあっという間に流布したイギリスのバンドとは違う。
普通にやって他にはないバンドになってしまう、そういう時期だったのだろう。

そしてグランジの時代となって、彼らもメジャー・デビューしてグランジ風も音に移行する。
それはそれでカッコよかったけどね。

その他無人島に持って行きたい作品
SCREAMING TREES「CLAIRVOYANCE」(1986)
SCREAMING TREES「UNCLE ANESTHESIA」(1991)
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2009年05月24日

三上寛「BANG!」

三上寛「BANG!」

三上寛「BANG!」(1972)

ジャンルに収まらない人とか、ジャンルを越えた才能とか、そういう言い方をよくするけど、そんな才能を持った人は稀有である。大概はすっぽりとジャンルなりカテゴリーなりに収まってしまう。
少しばかりそんな匂いを感じさせる人がいたとしても、実際には少しばかり手先が器用だというレベルだ。
敢えて言うなら、阿久悠氏ぐらいだろうか。あんなに幅広い領域をカバーした人は他にない。

三上寛は、やれ演歌だやれフォークだに始まり、ここ10年以上は灰野敬二やJOJO広重などまでと絡んだりしていて、正にジャンルを越えた存在だと言える。
しかし三上寛の凄いところは小器用に幅広く活動しているのではなく、一貫して不動に変わらない核を持って活動し、どこと交わっても変わらないところだ。

この傑作アルバムもジャズの山下トリオとやっている。音の方は相当にキレているが、三上寛は何ひとつ変わらない。
タイトル曲の叫びは本当に底知れぬものを感じさせてくれる。

その他無人島に持って行きたい作品
三上寛「ひらく夢などあるじゃなし」(1972)
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2009年05月17日

BIKINI KILL「PUSSY WHIPPED」

BIKINI KILL「PUSSY WHIPPED」

BIKINI KILL「PUSSY WHIPPED」(1994)

ライオット・ガールというムーブメントというのかな、が90年代にあったけど、あんまりピンと来なかった。
元々が女性ミュージシャン、女性バンドが大好きで、これはもう本能のようなものであって、あまり自分の中に理屈はない。
確かに90年代に入って、主にアンダーグラウンド・シーンから女性のバンドが力強く台頭してきたと思う。それをひとまとめにして語るのもそれは語る者の自由だけど、僕には極自然なことに思えた。特にとりたてて大騒ぎするものではない。
それにね「ライオット・ガール」というのは少しカッコの悪い言葉に思えたのだ。

ビキニ・キルはそのムーブメントの中心であったと思うけど、それはともかく、かなりカッコいいバンドであった。
パンクをベースにした荒れた音だったけど、なんというか、80年代の日本にインディーズのようないい意味での手作り感があった。それが作り付けの「バンド」の音でなくて、楽器を持った衝動そのままの音という感じでよかった。
この感覚が「ライオット・ガール」であるならば、それはとってもいいものであった。

いいバンドは枠にはまらないものじゃないかなと思う。
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2009年05月10日

ULTRAVOX「HA!-HA!-HA!」

ULTRAVOX「HA!-HA!-HA!」

ULTRAVOX「HA!-HA!-HA!」(1977)

ウルトラヴォックスっていえば最初の3枚。つまり、ジョン・フォックス在籍時でしょう。
売れたのはミッジ・ユーロの頃かも知れないけどね。

ファーストのまだどことなくまとまりのない感じと「SYSTEMS OF ROMANCE」の少し洗練されてしまった感じの間に位置するセカンド・アルバム、これが完璧なのだ。
なんとなくテクノとかエレポップとかいう言葉で語られることも多いし、キーボードの入り具合や曲調にテクノ風なところがあったりするし、後年の印象から言えばエレポップ・バンドだろう。
また、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックからの影響も指摘される。確かに「The Man Who Dies Every Day」なんかはいかにもボウイがやりそうな意匠の曲かも知れない。
しかし、そういうことではない。そういう表面的なことではない。

このセカンド・アルバムが完璧なのは、完全にパンクであるからという一点に尽きる。パンクというものに意識的な人間であれば異論はないだろう。
一曲目のイントロの電子音に導かれていきなり炸裂する音のスピード感が半端じゃない。ジョン・フォックスのボーカルも熱い熱い。ギターの歪み方も凄まじい。
この熱量と勢いがそのままパンクだ。
何より、パンクが最も幸せだった時代の盲目的とも言える確信を感じる。

どうしてこんな音が出せたのだ。
時代の成せる技か、バンドの勢いと才能か、多分両方だろう。

CDではとびきりパンキッシュな「Young Servage」がボーナス・トラックで入っているので、そちらで是非。

その他無人島に持って行きたい作品
ULTRAVOX「ULTRAVOX!」(1977)
ULTRAVOX「SYSTEMS OF ROMANCE」(1978)
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2009年05月06日

スターリン「行方不明 −LIVE TO BE STALIN−」

スターリン「行方不明 −LIVE TO BE STALIN−」

スターリン「行方不明 −LIVE TO BE STALIN−」(1991)

スターリンというのは、それを経験した者にはとても重要なものだった。他のバンドとは全く違う存在だった。
なので、簡単に「スターリン」を名乗ることは、THEがとれたという詭弁はあったかも知れないが、たとえミチロウ本人であってもおいそれと認められるものではなかった。
再びスターリンというバンドが始まることになった時、淡い期待と警戒があった。かつてのスターリンを求める気持ちとそうはならないだろうという諦めだった。
そして期待は果たされず、警戒は現実となった。

ミチロウにとってもスターリンは重いものだったろう。
スターリン解散後の様々な試み、しかしそれはスターリンを越えるものではなかった。ミチロウがいかに理論武装してもその事実は明確だった。
結局、バンドをやるならスターリンという名前しかないということを悟ったのかも知れない。
ミチロウはスターリンを再び名乗った。

しかし、この時期の「スターリン」は一体なんだったんだろう。
アルバムは全て聴いていた。
いい曲もあった。なんのためにあるのかわからない曲も多かった。
今思い返して総じて言うと、意味がよくわからない。

ひょっとしたら、ミチロウは本気でかつてのスターリンをやろうとしていたのかも知れない。
それができなかっただけか。
別の方法論でかつてのスターリンを越えようとしていたのかも知れない。
それも叶えられなかった。

このライブ盤、これはいい。「水銀」で始まり「虫」で終わる音の塊。
様々な思いや思惑、企みや期待を超えたところで、音が咆哮している。
この純度さえあれば、それでよかったのかも知れない。
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2009年05月05日

LIVE SKULL「DUSTED」

LIVE SKULL「DUSTED」

LIVE SKULL「DUSTED」(1987)

オルタナティヴという言葉で括るのは便利だが、そもそも言葉の定義がとても曖昧だ。括られる当人達にしてみると随分と違和感があるものらしい。
まあ、それは何時のどの場合でも同じようなもので、サイケでもグラムでもパンクでもハードコアでも括られる人たちは同じことを言う。
まあ、でも便利なんだよ、言葉で括るのは。
同じ感性を持つ人にはちゃんと通じるし、そもそも言葉はそうやって手続きを省いてきたわけだし。

話がだいぶ逸れた。
ともかくオルタナというものを紐解く時に、このバンドのことがあまりにも軽視されてないかと思う。
80年代にUSのアンダーグラウンド・シーンを掘った時、ソニック・ユース、スワンズ、ビッグ・ブラックと並んで出てきた名前である。
レコードもたくさん出していて、どれもなかなかよい出来だった。
まだまだ極端に走っているバンドが多い中で、比較的しっかりとした音を出していて、ある意味聴きやすかった。実はそういう音がその後の主流になるのだけど。

しかし、時代は彼らに味方しなかったな。
乗ろうと思えば波に乗れたはず。でも彼らは日陰の花で終わった。
でもこんなバンドがあったことを誰かが記録しておくべきでないかと思う。

その他無人島に持って行きたい作品
LIVE SKULL「CLOUD ONE」(1986)
LIVE SKULL「SNUFFER」(1988)
LIVE SKULL「POSITRACTION」(1989)
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2009年05月03日

STONE ROSES「SECOND COMING」

STONE ROSES「SECOND COMING」

STONE ROSES「SECOND COMING」(1994)

ファーストが出て、そこから5年待たされた。
当時は随分待たされた感じがあって、そういう風に言われていたが、ファーストの後もシングルを出したりもしていたので、実質は4年ぐらいだろう。
今ならつべこべ言われないタームである。音楽シーンはだらけてきているのだと思う。
昔なら2年活動しなかったら解散扱い、次に何かやる時は「再結成」「復活」扱いであった。
少し話が逸れた。

その長い待機期間の間にいろいろな噂が流れた。そのひとつがツェッペリンのようなギターがフィーチャーされているというものだった。
ツェッペリンかどうかはともかく、ファーストよりも明確で力強いギターが鳴っている。そういう部分では明らかにファーストより好みの音になっていた。
ファーストの持っていた何か新しいものが生まれてくる時の闇雲な肯定性は少し減退したけど、音は逞しくなった感じがした。

しかし、本来は結局は気持ちのいい音とグルーブに向かっているだけである。ギターもそのパーツのひとつに過ぎない。
ファースト後に出したシングルのクールなファンクネスもハードでうねるようなギターもひとつのゴールに向かっている。
そこに向かって大きくグレードアップされた音、それがこのセカンドかな。

その他無人島に持って行きたい作品
STONE ROSES「THE STONE ROSES」(1989)
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2009年04月30日

BILLY JOEL「GREATEST HITS VOLUMET & VOLUMEU」

BILLY JOEL「GREATEST HITS VOLUMET & VOLUMEU」

BILLY JOEL「GREATEST HITS VOLUMET & VOLUMEU」(1985)

自分たちの世代だと、洋楽への入口になったケースも多いであろう人である。なにせ売れていたからね。
しかし、少し下の世代になると「オネスティ」しか知らなかったりするのにはびっくりだ。
ビリー・ジョエル知らないの?まあ、オレもそんなに詳しくはないが。
でも、「オネスティ」はもちろん、「ストレンジャー」「素顔のままで」「さよならハリウッド」あたりは全て鮮明に憶えている。

非常に優秀なポップス・メイカーだと思うが、この人はきっとロックに対するコンプレックスがあったのだろう。そういうところがロックっぽい「ガラスのニューヨーク」やメッセージ性の高い「ナイロンカーテン」のようなアルバムを作らせてしまうのだろう。
ロックへのコンプレックスからKUWATA BANDをやってしまったサザンの桑田のような感じかな。

しかし、やっぱりポップスの人なのである。
この人の曲はメロディばかりが頭に残るのだ。リフとかリズムとかではない。驚くほどその傾向ははっきりしている。
つまり、ロックではないのである。

しかし、いいじゃないか、と思うね。
本当に優秀なメロディ・メイカーには間違いないのだから。
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2009年04月19日

RATTUS「RATTUS」

RATTUS「RATTUS」

RATTUS「RATTUS」(1984)

何故80年代のフィンランドにはこうも凄まじいハードコア・パンク・バンドが多いにだろうか。セックス・ピストルズがスカンジナビア半島のツアーをやっているので、パンクの種は早いうちから蒔かれていた地域ではある。それにしても謎だ。
というのは余計なお世話である。
そもそも世界的に言ったら、80年代の日本で極めて発達したハードコア・シーンが形成されていたことも謎だろう。
日本人がフィンランドのことを不思議に思うのも不遜な話だ。

さて、フィンコアの頂点に立つ神、ラッタスのファースト・アルバム。
初期の純朴なパンクから除々に凶暴なハードコア・サウンドに変わっていき、その絶頂を極めたとも言うべきハードコアの真髄そのもののような一枚。
耳に対する残虐行為、音という武器を使ったテロと言えばいいだろうか。ジャケットの頭蓋骨の山、それがそのままの音だ。

コンピレーションとかはたくさんあるけど、この盤だけは手にはいりづらかったりする。
でもね、本当に凄いから見たら手にしてみて欲しい。

その他無人島に持って行きたい作品
RATTUS「LEVYTYKSET 1981-1984 RECORDED WORKS」(1993)
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2009年04月13日

VARIOUS ARTISTS「GREAT PUNK HITS」

VARIOUS ARTISTS「GREAT PUNK HITS」

VARIOUS ARTISTS「GREAT PUNK HITS」(1983)

日本でもハードコア・パンクというものが形成された80年代の前半。
当時の様子を窺い知るのにいくつか優れたオムニバス盤がある。「CITY ROCKERS」「OUTSIDER」「ハードコア不法集会」などだ。
その中でもいち早くメジャー・レーベルでアンダーグラウンドのシーンを伝えたのがこの「GREAT PUNK HITS」。

メジャー・レーベルというのは、お馴染みの徳間ジャパンだ。本当に80年代の徳間は狂っていたとしか思えない。スターリンのある程度の成功はあったにせよ、あれほどマイナーなバンドを出してもいいのだろうかと不思議だった。
しかし、そのおかげで日本中に一部にしか認知されない音楽が広まることができたのだ。
この盤も本当に画期的だった。

収録バンドは、GISM、エクスキュート、あぶらだこ、ラフィン・ノーズ、CLAY、G-ZET。どれもこれもすさまじくキレのいい演奏だ。
ラフィンノーズだって、まだチャーミーがモヒカンで音もなかなか凄いぞ。エクスキュートのボーカルはガスタンクのBAKIだぞ。
さすがにメジャーだけあって、当時の自主制作(インディーズなんて言葉はまだそれほど使われてなかった)に比べて音質もいい。

やっぱり、注目はGISMとあぶらだこ。
GISMの音がメジャー流通に乗るというだけでもすごいが、一番勢いがあった時期の演奏は本当に凄い。横山SAKEVIの渾身のシャウト、ランディ内田のメタリックなギター、唯一無二のGISMの世界の一端が堪能できる。
そして、あぶらだこ。極初期の演奏であり、少し捩れながらもストレートなパンク・サウンドの二曲は本当に貴重。しかしそれでもすでに後のあぶらだことしか言いようのない音の片鱗は見せていて、この盤の中でも圧倒的に「変な」存在感を見せつけている。

一度CD化されたと思うが、最近は見当たらない。
是非、常に入手できるようにしておいてもらいたい。
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2009年04月11日

CAPTAIN BEEFHEART & HIS MAGIC BAND「TROUT MASK REPLICA」

CAPTAIN BEEFHEART & HIS MAGIC BAND「TROUT MASK REPLICA」

CAPTAIN BEEFHEART & HIS MAGIC BAND「TROUT MASK REPLICA」(1969)

非常に難しい人である。下手に手を出したら火傷しそうである。ファンにマニアが多そうである。下手なことを言ったら怒られそうである。
そもそも何から聴いていいのかわからなかった。今ほどディスコグラフィーの情報が整備されていなかったのだ、昔は。
よって適当に聴いた。

それでわかったのは、どこを聴いてもそれほど変わりがないということだ。比較的シンプルなファーストも、バンドを解散して再結成した盤もさほど変わらない。
つまりは本質というか核の部分は不変な人なのだろう。

そうは言ってもこの盤が代表作であろう。
なんというのか、泥臭いブルースを基調にしたフリー・ミュージックを技巧なしでぶちまけたような音。いやいやそんな言葉で表現はできない、なんと言っていいのかわからない音、でも聴いたことがある人には即共通言語になり得る音。
そこにビーフハートのしゃがれた声が被さる。
古今東西、数多のミュージシャンに嫌というほど影響を与えた音だ。

町田康はビーフハートと誕生日が同じなのだが、町田さえも影響を受けたと明言している。

その他無人島に持って行きたい作品
CAPTAIN BEEFHEART & HIS MAGIC BAND「SAFE AS MILK」(1967)
CAPTAIN BEEFHEART & THE MAGIC BAND「DOC AT THE RADAR STATION」(1980)
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2009年04月06日

BUZZCOCKS「LOVE BITES」

BUZZCOCKS「LOVE BITES」

BUZZCOCKS「LOVE BITES」(1978)

バズコックスが好きだ。最初に聴いてから20数年経つけど、ずっと好きだ。今でもしょっちゅう聴く。
好きなバンドは数多あるけど、特別に好きだ。

どれほどアッパーな曲をやっていてもバズコックスは虚しい。とても空虚な感じがする。何かを諦めてしまっている感じがする。
そして疲れてしまっている感じがする。それは何となく感じられるものなのだけど。
最初に聴いた時は輸入盤しかなく、当然歌詞もわからなかったけど、そういう虚しさや諦念や疲労感は感じ取れた。
それが何だかはわからなかったけど。

ピート・シェリーはゲイだという噂がある。本当のことかどうかは知らない。詳しい話も知らない。
でも、もし本当にそうだとしたらバズコックスの虚しさはすべて納得がいく。本当にそういう理由でもなければ説明がつかないような気もする。
「Fiction Romance」も「I Don't Know What To Do With My Life」も「Everybody's Happy Nowadays」もどの曲もすべて納得がいく。
「I Believe」の中で"There is no love in this world anymore"と繰り返し歌ったのも納得がいくのだ。

そんなことを考えると、バズコックスの名曲中の名曲「Ever Fallen In Love」も違って聴こえる。
一体どんな想いでこの曲を書いたのだろう。

その「Ever Fallen In Love」収録のセカンド・アルバム。言うまでもなく名盤である。
もちろん、ピート・シェリーの事情がどうあろうと普遍的な名盤である。

その他無人島に持って行きたい作品
BUZZCOCKS「ANOTHER MUSIC IN A DIFFERENT KITCHEN」(1978)
BUZZCOCKS「A DIFERENT KIND OF TENSSION」(1979)
BUZZCOCKS「SINGLES GOING STEADY」(1979)
BUZZCOCKS「TIME'S UP」(1991)
BUZZCOCKS「TRADE TEST TRANSMISSIONS」(1993)
BUZZCOCKS「BUZZCOCKS」(2002)
BUZZCOCKS「FLAT-PACK PHILOSOPHY」(2006)
posted by はせお at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 無人島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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